おかしいおかしいとは思っていたのです。PCの画面が長時間見れなくなった。さらにはテレビの光や店舗の光もあまりにも眩しいというか痛い。階段を降りるのもふらふらする。よって大好きな本を読むのも厳しくて、それどころか夜に運転するのも危ない。なんとか仕事を片付けたら部屋の明かりをピンサロなみに落として静かに音楽などを聴いておりました。
目がやられたのだ。よりによって目がね。知人がマン臭事変で、鼻ではなく目がやられた。と言っていたがそれに似ていると言えるだろう。(ぜんぜん似てねぇよ)
時を同じくして右肩が五十肩になり何をしてても痛い。結局治るのに2年かかった。
と、思ったら今度は左肩が五十肩になった。
おそらくコロナ禍の自粛も関係している。きっとストレスにやられているのだろう。
こうしてぼくの約3年間は体ガタガタで過ごした。
この3年、有名人を含めコロナが無ければ生きていたであろう人たちが沢山死んだ。
それもコロナ死より多いのが自死だ。ぼくは自死を否定しない。だって死ぬ権利は誰にだってあると思うから。でも哀しいしあってほしくないというのも本心だ。だからってぼくに何ができる?絶望の淵に居る人に、なんと声をかけるのだ。そうだね、例えばFXで破産した人が居るとする。投資で作った借金は自己破産出来ないからみんなたいてい電車に飛び込む。『迷惑だからやめろ』とは言えるけど『生きていれば良い事あるよ』なんて言えますか?あなたはその人の代わりにお金を払えますか?少なくともぼくには払えない。
芸能人の人たちはお金はあったはずだ。
希望に溢れていないといけない若い人たちだって自ら死んでしまう。
ぼくはテレビの電源を切る。そこに楽しいことなど無いからだ。
ぼくの目はいよいよおかしくなった。
コロナショックの暴落で米国株に賭けたぼくは儲けて資産は半年で3倍になった。
(元が大したことありませんよ)
でも、だから何だと言うのだ。
目がおかしくてPC長く見れなくて本も読めない、肩は痛いし、流行り病で風俗も行けない。
書くのが趣味だったブログの更新もできない。欲しいものもとくに無い。
はたしてそんな俺に存在価値はあるのか?
そんな事ばかり考えていた。
たぶん、こんなことばかり考えている人が死を選ぶのだろう。
恐ろしいのだ。自分が風俗のHPを持ってる事さえ恐ろしくなってしまった。
俺はなんという大それた事をしてきたのか、と。
どうせもう俺は書くことなどできはしないだろう。たとえ書けたとしてもおそらくそれは自分が楽しく書いた物ではないだろうし人が読んで面白いものでもないだろう。
消してしまおうと本気で思った。
ある日、突然。
実はそれはとても簡単でサーバーに金を払わなければそれで勝手に解約される。
ウェブ上の俺が消えるという事。それは裏モノ探検隊:一風堂 隊長の死を意味する。
概念的な死だ。
さよならみんな。
少しばかり残念に思ってくれる人がいると良いな、と思うのと同時に10日もあれば『ああそんなクソサイトあったっけ』と思うぐらいだろう。もはや更新をやめて半年以上経っているし誰も待ってもいないだろう。
そんなぼくを何とか思いとどまらせたのはTwitterだった。
Twitterはやめたくなかった。だってあれほど便利な情報収集ツールは他にないもん。
わいはギリギリのところでネットの世界にしがみついていたのである。
☆
最初に戻るが、おかしい、おかしいとは思っていたのだ。
おかしいと思ったのはもう6年も前かなぁ。最初は母親を割と急に亡くしたショックで目がおかしくなったと思った。そのうち治るだろうと思っていた。しかし年々ひどくなっていくのです。
このままだと失明してしまう恐怖が襲う。
ついに眼科へ行った。3人の眼科医にかかり、最終的に白内障だという事が判明した。
白内障?あのじじぃとばばぁがなるヤツかい?
でも少しほっとした。何しろ理由が判明したのである。
すぐに手術の日程が決まった。
なんかね、『近くが見たいか、遠くが見たいか』選べるらしいの。遠近両用は無いのか?と聞いたら今の技術ではまだ出来ないらしい。結構ひどい乱視があったのでそれもある程度は矯正できるみたい。
究極の選択だ。
例えるなら『遠くのパンチラ』か『近くのビラビラ』を選べと言われてるようなもんだ。
わいは遠くのパンチラを選んだ。だってわいは女子高生のパンチラさえ見れれば満足だもん。
お巡りさんこの人です(´・ω・`)
そして両眼を日にちをずらして手術した。お盆前だね。
結構、手術で地獄を見たけどもうそれは書かん。終わった事だ。
もう二度とやらなくて良いのが救いである。
それと次の日から遠くはバッチリ見えるようになった。
急激に0.2まで落ちてた視力も両眼1.5に回復した。
その代わりにピント調整機能は無いので近くは老眼鏡必須だ。(遠くなる近くのビラビラよ、、)
すると途端に元気が出てきた。諸悪の根源は目の不調だったのだ。
その矢先、パソコンが死んだ。きっと俺の代わりに死んでくれたのだろう。
今は新しいPC(中古の再生品だけど)でこの駄文を書いている。データの引っ越しもなんとかできた。
でもまだね、ビミョーにね、まだリハビリ中なんだ。
少しづつ少しずつ良くはなっていってる。
今やPCには向かえるし光も痛くないので手術して良かったと思う。
こうして文章も書けるようになったしね。
「あん時、サイトやめなくて良かったなー」
って思えると良いな(´・ω・`)ト、オモウキョウコノゴロ
コロナ禍と同時に五十肩になったのも『今は自粛せい』というお告げだと受け取ります。
何しろダークなマッサージ屋にすら行って無かったんンだぜ。
で、左肩の五十肩も治ってきた。って事は
あとは分かるな?
個人的に自粛もコロナ禍も終わったという事です。
たいちょう動きます。ゴゴゴゴゴゴゴゴ
ご安全にー(おい梅毒流行ってんぞー)
そういやさ、手術前に血液検査したんだけどその中に『梅毒検査』と『肝炎検査』も入っててね、(そんな検査するって聞いて無かったけど)どっちもネガティブ(陰性)でした。それはナニゲに嬉しかったよね。
でわまた。。

「元気があれば何でもできる」 これはガチだと思う。アントン永遠に。。
※すいません。まだ本体のHPが更新出来ない状況になっています。